龍谷大学交響楽団 サマーコンサート2017

第3回 曲解説 2017年6月開催


プレゼンター:佐藤佑哉(第25代正学生指揮者)

◎ブラームス/交響曲第2番

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 それでは、ブラームス2番の第3回解説を始めていきます。前回はブラームス2番を演奏する上では知らないわけにはいかない、ペルチャッハについて紹介し、ブラームスの生涯を紹介していきました。

実際の解説会では前回のおさらいを行っていますが、このサイトでは省略させていただきます。


1.ブラームスの作風

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 さて、ブラームスの作風については第1回で軽く紹介しましたが、今回もうちょっと詳しく解説しておこうと思います。まず、ブラームスの生きた時代の音楽はロマン派音楽です。このロマン派というのは、ロマン主義の精神によって、それまでの古典派音楽を発展させていった、19世紀のヨーロッパを中心とする音楽のことです。ちなみに、バロック音楽や古典派音楽という名称は、後世の人々によってこの時代の音楽はバロック音楽・古典派音楽と名付けられてきましたが、ロマン派音楽は当時の音楽家自らが自分たちの主義を主張するために、自ら自分たちの音楽はロマン派と名乗っていました。この時代は、ピアノ曲が一人で自由に表現できる音楽として好まれていました。実際見てみると、ショパンやシューマン、リストに代表されるピアノ作品が有名ですね。ブラームスでも例えば「ハンガリー舞曲」は管弦楽でもよく演奏されていますが、元々はピアノの連弾曲でした。この時代の交響曲というのは、自己顕示欲を強烈に表現できるものとして、ベルリオーズやメンデルスゾーンらが好んで作曲していたジャンルでした。

 また、これは第1回で解説しましたが、ブラームスは依然の古典派的な作曲技法も用いています。特にソナタや交響曲、協奏曲などは古典派的な形式が多いです。ではなぜ古典的な技法を用いたのかといえば、大バッハやベートーヴェン、そしてモーツァルトに心酔していたからなのです。ブラームスのような、ロマン派でありながら古典派音楽を重んじる作曲家のことを「新古典派作曲家」と呼んでいます。ブラームスのほかには、マーラーやブルックナーも新古典派作曲家といわれています。


 2.歌劇の作曲

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 ところで、ブラームスはオペラを1曲も書いていません。それはなぜでしょうか。

 ブラームスはオペラの作曲に興味こそあったものの、自分には歌劇を書く能力がないと思っていたことが理由です。歌劇を作曲するには音楽の才能だけでなく、文学的な才能も必要であり、ブラームスは自分に文学の才能はないからオペラは書けないと決めつけ、生涯オペラを書くことはありませんでした。


3.クララとの関係

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 それでは最後に、皆さん気になっているであろう、ブラームスとクララ・シューマンの関係について紹介したいと思います。

 まずクララ・シューマンについて。シューマンときいてピンとくるように、作曲家・ロベルト・シューマンの妻です。彼女自身もピアニストであり作曲家です。実はクララは1828年9歳のときにピアニストとしてデビューしています。ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会で、モーツァルト・ピアノ協奏曲のソリストを務め、当時のライプツィヒ、ザクセン王国のみならず、ドイツ全域で「天才少女」としてその名を知らしめるようになり、後に19世紀最も高名なピアニストになりました。また、ヨーロッパ共通通貨・ユーロに統合される前の当時の100マルク紙幣でも彼女の肖像が使われています。ちなみに、当時彼女の作品を聴いたリストは「クララ・シューマンの作品は本当に驚くべきものです。特に女性としては。それらの中には、タールベルク(リストのライバル)の過去と現在のすべての幻想曲と比べてみても、100倍もの独創性と真の感受性があります」と絶賛しています。

 そんなクララとブラームスの関係が深いものとなったのは、夫・ロベルトの没後です。そのころから二人は親密な関係に至っており、ロベルトの没後150年経った現在でも不倫説は絶えていません。しかし、様々な説こそありますが結論から言うと、恋愛まで発展はしておらず、親しい友人という関係で終わっていると思われます。二人の関係については色々な見方がされていますが、クララがブラームスより14歳年上であったことと、少なくともロベルトが存命していたときは、ブラームスにとって恩師ロベルトの夫人であり、思いを抱いていたとしてもかなわぬものであっただろうということ。そして、ロベルトが亡くなった後は、むしろ現実的に物事を考えるようになって、友人に留まったのではないかといわれています。現に二人の交流や音楽面での共同作業は最晩年まで続いており、恋愛関係ではなかったと考えられている説が多いです。ちなみにブラームスの女性関係といえばクララ・シューマンとが一番有名ですが、実際のところブラームスは、クララの他にも数名の女性と関係があった(危ない関係ではない)そうで、生涯結婚こそしていませんが、彼の女性関係ではいろいろあったそうです…。